国立がんセンター中央病院 内視鏡部
医長 斎藤 豊 先生
医長 松田 尚久 先生
国立がんセンター中央病院の消化器内視鏡グループは、消化器がんの診断・治療で日本の指導的役割を担っているほか、世界中からも高い関心を集めています。技術的にも世界で最も安定しているグループの一つであり、同グループの医長・斎藤豊先生と、医長・松田尚久先生もその中心メンバーとして活躍されています。両先生から、大腸でのEMR(内視鏡的粘膜切除術)とESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)に関する適応および手技のポイントについてうかがってきました。主に、斎藤先生はESD、松田両先生はEMRを施行されており、局注材としてヒアルロン酸ナトリウム0.4%溶液(ムコアップ®)を使用した感触などもお聞きしました。
大腸での内視鏡治療の適応を教えてください。
斎藤大腸の腫瘍性病変で、がんの他に良性の腺腫も内視鏡治療の適応になります。良性の腫瘍でも10mmを超えると早期がんが潜んでいる可能性が高くなります。 早期がんの場合は、粘膜層内(以下、m)がんと粘膜下層(以下、sm)がんですが、smがんは、粘膜筋板から1000ミクロン(=1mm)未満のsm1がんで、リンパ管や静脈などへの脈管浸潤がなく、低分化傾向がないものが内視鏡治療の対象になります。sm2以深の浸潤は転移の危険性があるので、基本的には外科手術の適応になります。
内視鏡部・医長
斎藤豊 先生(医学博士)
大腸内視鏡治療のうち、EMR(内視鏡的粘膜切除術)とESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)の適応について教えてください。
松田隆起性の病変のポリープを切除する方法として、EMRのほかにポリペクトミーとホットバイオプシーがありますが、EMRは主に平坦な腫瘍に局注材を入れて膨ら国立がんセンター中央病院・内視鏡部医長斎藤豊先生、医長松田尚久先生に聞く国立がんセンター中央病院・内視鏡部ませ、スネアを掛けて切除する方法です。一般に、20mmくらいまでの大きさの病変は、一括切除が可能ですが、20mmを超える場合、計画的な分割切除(以下、EPMR)が必要になることがあります。但し、その中にも悪性度が高くEPMRが適当でない病変がありますので、拡大内視鏡等を用いた正確な術前診断が必要です。
斎藤20mmを超える病変のうち、側方発育型腫瘍(以下、LST=laterally spreadiNG tumor)が内視鏡治療のよい適応になりますが、LSTは術前観察で一般に顆粒型(以下、LST-G)と非顆粒型(以下、LST-NG)にわけられます。LST-Gはさらに均一な顆粒からなる顆粒均一型と、粗大結節を有する結節混在型に亜分類されます。
うち、LST-Gはほとんどが腺腫あるいは腺腫内がんで、EPMRで対応可能とされています。一方、LST-NGは、ESDのよい適応になります。LST-NGは、sm浸潤率が比較的高く、sm浸潤部位の予測が困難なことから一括切除が望まれます。明らかなsm浸潤を示唆する所見を認める場合には、腫瘍の大きさにかかわらず外科手術の適応になります。
そのほか、mがんと判断して粘膜下局注をしても病変が持ち上がらないものや適切な経過観察がされなかった遺残・再発病変なども、ESDが有用になります。また、LST-Gでも腸管の半周を超える40mm以上の結節混在型病変はESDで対応するようにしています。
EMRの手技を安全におこなうために最も留意されている点は何ですか?
松田絞扼の仕方や空気量の調節など、EMRを施行する際のポイントはいくつかありますが、一番重要なのは局注です。
まず、スコープをねじれがなく真っ直ぐな状態にして挿入し、病変を視野の5時の方向に持ってくるようにします。局注手技では、病変の向こう側(口側)の辺縁部に局注針を刺して粘膜下層にゆっくり局注材を入れ、病変が持ち上がっていくときに、自分の方(肛門側)に向くようにします。通常、初めの局注で明らかに膨隆が確認できない場合は多くの場合粘膜下層以外に入っていることが考えられます。局注針をやや引きながら、針先の角度を変えたり、スコープの角度を変えたりしながら病変の挙上を調整します。
病変をしっかり持ち上げ、良い膨隆形態を作り、スネアをうまく掛けることができる大きさまで膨隆させます。4〜5mmくらいの大腸壁のうち粘膜下層は2mmくらいと薄いので、技術力が要求されますが、局注材の選択も重要なポイントです。
内視鏡部・医長
松田尚久 先生(医学博士)
EMRでは、以前は局注材に生理食塩水を使っていましたが、良い膨隆形態が作りにくく、持ち上がるべき病変も持ち上がらないことがありました。その後、当院に勤務していた浦岡俊夫先生(現・岡山大学病院)がグリセリンを使って一括切除するのが良いという論文を発表して以来、当院ではグリセリンを使用してきました。良好な膨隆形態がつくりやすく、膨隆の持続時間が有意に良いためです。そして、現在は、グリセリンからヒアルロン酸ナトリウム溶液であるムコアップ®に移行しています。
局注材をムコアップ®に替えた理由をお聞かせください。
松田高く急峻で良好な膨隆形態が作りやすいことと膨隆持続時間が長い点です。ムコアップ®は粘調度が高く、とくに平坦な病変に対してはグリセリンよりも良いという手応えがあります。また、粘膜下局注材としての認可(保険適用)が下りているという点もムコアップ®に移行した理由の一つです。
ESDの手技でも、安全におこなうためのポイントは局注でしょうか?
斎藤そうです。ESDでも局注材の選択が重要であり、ヒアルロン酸ナトリウムの0.4%溶液ムコアップ®が必須になっています。安全なESDを施行するには、隆起した膨隆形態を長く持続できる局注材である必要があり、良い感触を得ています。以前は関節注入用のヒアルロン酸ナトリウムをグリセリンで4倍希釈して使用していましたが、現在は希釈する手間のないムコアップ®原液を2.5ccのシリンジで注入しています。
なお、当院では、初めに少量のみグリセリンを注入し粘膜下層に確実に注入されたことの確認を行ない、その後ムコアップ®を注入していきます。
その他に、ESDの手技で工夫されている点を教えてください。
斎藤ESDではデバイスの選択が重要になります。粘膜周囲切開は切れ味の良いバイポーラーの針状ナイフを使用し、粘膜下層の剥離ではボールチップ型のバイポーラー針状ナイフとITナイフを選択しています。バイポーラーは、電流が先端に流れない構造のため、穿孔の危険性が少ないという利点があります。
技術とともに局注材やデバイスも重要ということですね。
斎藤リンパ節転移の危険性がなく、深達度についてはm〜sm1までと適応の限界はありますが、局注材やデバイスが進歩することにより、病変の大きさの制限も変わりつつあり、内視鏡医が果たす役割も拡大してきていると思います。
大腸EMR
1.病変
2.ムコアップ®による局注・隆起
3.スネアリング
4.切除後
大腸ESD症例(1)
1.ムコアップ®による局注
2.セーフティーマージンの確保
大腸ESD症例(2)
1.ムコアップ®による局注
2.ナイフによる粘膜下層剥離
国立がんセンター中央病院 内視鏡部
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