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プロフェッショナルコラム | ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 ASPジャパン 〜洪愛子氏の連載コラム Vol.8

Vol.8 〜 Larson先生に聞く「手指衛生のポイント」 〜

社団法人日本看護協会 常任理事 洪 愛子 さん

この記事のテーマ
  • 手指衛生
  • 海外情報
  • ガイドライン

第24回日本環境感染学会の開催期間中に来日されたElaine Larson先生に、本コラム読者に向け「手指衛生のポイント」についてお話を伺いました。

洪愛子氏とLarson先生の写真

Q1.

Larson先生は、現在コロンビア大学教授で米国感染管理専門家協会発行のAJIC:American journal of infection control編集責任者であり、CDCのガイドライン作成諮問委員会活動をはじめ、「手指衛生」分野の第一人者として、米国内だけでなく国際的に知られています。はじめに、「手指衛生」分野の研究を始められたきっかけ、ご自身のライフワークとなったエピソードを教えてください。

Larson先生:

約25年前に看護師としてICU(集中治療室)で働いていたときに、6床で手洗いシンクが二つある小規模ユニット(手洗いシンクが十分整備されていなかった)から個室タイプの近代的なICUに建て替えられました。新しいICUには各個室に手洗いシンクが十分整備されていたことから、感染率が下がるだろうと期待して手指衛生行動の変化による感染率への影響について研究を行いました。しかしながら感染率に変化がなかったことから、空気中のエアサンプリングや患者情報などデータを収集しました。情報収集する過程で、スタッフの手洗い行動が変化していないことがわかりました。環境が良くなっても行動が変わっていないことが感染率に変化がない原因だろうと考えました。スタッフの手洗いを改善することを考え、ICU部長に会い「ICUのスタッフは適切に手を洗っていない」と訴えました。それに対して「それがどうしたの?」と部長が問題意識もなく言うのを聞いて、さらに大きなショックを受けました。その後、手洗いが感染にどう影響するのかを文献などからも調べて、手洗いが感染予防の重要な要素であることを発見しました。こうした経験が以後の研究につながり、ライフワークとして取り組むことになったのです。

今のように研究者である前に、現場での看護師としての実践経験をとおした自身の疑問を解決するために継続的に学び続けてきました。そのため大学院修士課程では微生物学、看護学を学び、現場に戻りました。また行動のレベルに疑問がわき、博士課程で疫学、さらに皮膚のメカニズムに疑問をもち博士課程後は皮膚科学を学びました。学ぶことは一生続きますが、現在は生命倫理の問題にも関心があります。感染には倫理的な問題も多いからです。

Q2.

最近の米国での手指衛生あるいは感染管理の状況について、何か感じておられることは?

Larson先生:

最近、新生児ICUでのケアを見る機会がありましたが、いまだに20数年前と状況は変わっておらず、手指衛生は十分にはされていないなど、行動が変わっていません。ICUなど感染のリスクの高い場所でも同じ状況です。良い製品や良い方法、設備が開発されたにも関わらず行動は改善されていないのが現状です。

現在、米国ではICP:infection control practitioner(感染管理実践者)という名称からinfection preventionist (感染予防者)へ名称が変更されました。米国でもinfection preventionistは、ICU勤務経験を有する看護師が多いです。リスクが高い特殊環境下で感染制御の重要性を実感しているからだと思います。他には、倫理的な問題として、個人の選択の自由と各種ガイドラインやルールを守るかどうか、どうバランスをとるかが問題になっています。例えば、手指衛生を行なうべき時に100%手指衛生を実施している人は我々を含めていません。

どのくらいの範囲なら許容できるのか、範囲を超えている人にどう対応するか、個人の選択する権利とどうバランスをとるのかは新たな課題です。実践的なガイドラインはたくさんありますが、どう守っていくか、今までやってきたことを何故変えないといけないのか、バランスを考えながらこの課題に取り組むことは新たなチャレンジです。

Q3.

1985年のCDCガイドライン CDC Guideline for hand washing and hospital environmental control, 1985および1995年のAPICガイドラインAPIC Guideline for hand washing and hand antisepsis in health care settings,1995 までは、手指衛生はまず流水とせっけんを第一選択とすることが推奨されていました。それが、2002年のCDCガイドラインGuideline for Hand Hygiene in Health-Care Settings 以降、目に見える汚染がなければアルコール擦式手指消毒alcohol-based hand antisepsis を第一選択と推奨され、大きく実践が変わりました。当初、この変化を受け入れることには、私自身抵抗がありましたが、多くの研究結果から、なぜ alcohol-based hand rub を推奨するのかを理解することができました。日本でalcohol-based hand rubが受け入れられた理由として「設計上の配慮が不足しているため、手を洗うシンクがない医療施設の現状」が大きいと個人的には考えています。米国で受け入れられたもっとも大きな理由と先生が考えられていることについて、教えてください。

Larson先生:

大きな習慣の変更なので、米国でもアルコール擦式手指消毒は当初受け入れが大変でした。まず、医療従事者よりも一般大衆にアルコール擦式手指消毒のコンセプトが受け入れられ、日常の手指衛生にアルコール擦式手指消毒製剤の使用が一般化しました。やがて医療現場にも広がりました。現在はアルコール擦式手指消毒製剤が病院内にどこにでも備えられています。

病院の中では、医療従事者の9割はガイドラインでアルコール擦式手指消毒が推奨されていることも知っていますし、アルコール擦式手指消毒製剤がどこでも使える状態にありますが、遵守状況はまだ十分ではありません。さらに、手術室ではまだあまり受け入れられていません。

数ヶ月前に投稿された論文では、アルコール擦式手指消毒製剤と石けんを用いた流水による手洗いを比較して、インフルエンザウイルスへの影響をみましたが、流水と石けんを用いた手洗いのほうがインフルエンザウイルスに有効であるとの結果でした。現時点ではアルコール擦式手指消毒製剤が手指衛生の第一選択ではありますが、将来はもっとよい方法が出てくる可能性はあるので、新しい方法や製品にも臨機応変で対応していくことが重要だと思います。また、医療施設の設備状況など環境によって、新しい方法や製品の受け入れ状況は異なると思います。

Q4.

Surgical hand antisepsis手術時手指消毒についてですが、ブラシを使わない方法でantimicrobial soap 消毒剤含有手指洗浄剤を用いるか alcohol-based hand rubアルコール擦式手指消毒製剤を用いる手指消毒のいずれかを選択し、以前のように10分もかけなくて、2-6分程度の時間で良いと推奨されていますが、alcohol-based hand rubの普及割合はどれくらいでしょうか。日本ではまだ十分ではありません。

Larson先生:

経験からいうと外科スタッフの約30%は手術時手洗いの方法として、新しい方法であるアルコール擦式手指消毒を実施しています。それ以外は従来の手術時手洗いを行なっています。新しい方法は外科医が受け入れ難い状況で、エビデンスを示して変えるアプローチをした場合にも、効果を認めても従来の方法を変えることに抵抗する人がいます。多くの研究データなどを示す、あるいは研究に参加することを通して新しい方法を実施するなど受け入れが進みつつあります。

例えば、いろいろなエビデンスはありますが実際に自分でやってみないと納得しない場合が多いので、自施設で実際に従来法と新しい方法を3週間ずつ実施するクロスオーバ研究などでデータを比較するとよいでしょう。小規模の研究方法であっても自施設で行うことで関心も出て、方法を変えていくきっかけになります。しかしながら、必ずしもうまく進めることができないこともあります。新しい方法は導入するタイミングも重要です。まわりに受け入れられるタイミングかどうか、まわりを説得するのに時間をかけるよりも、少し時間をおいてタイミングを待つことが必要な時もあります。というのは、自分でデータをとって示したとしても反対にあうことがあり、エビデンスが整っても周りに受け入れられるタイミングがあるからです。受け入れられる状況まで待つことが必要かもしれないし、時間も限られているので、タイミングを少しずらしてもよいと思います。

1986年に私はアルコール擦式手指消毒を用いた新たな手術時手指消毒に関する最初の研究を発表しました。結果から良い方法であると最初から思っていたけれど当時は受け入れられませんでしたが、そのときの成果が今になって受け入れられました。うまくいかなくてもあきらめずに、ベストな方法でやっていくのがよいと思います。

もうすぐ出るWHOのガイドラインは6年前から新しく変更があるので、両方のガイドラインをみて現場での実践者に受け入れられる方法を選択することが良いでしょう。

Q5.

手術時手指消毒製剤について、CHGを含有したアルコール擦式手指消毒製剤は一般的ですか?

Larson先生:

CHG含有のアルコール擦式手指消毒製剤はアメリカでは少なく、普及しているわけではありません。アルコールの即効性とCHGの持続性をそれぞれの特徴を組み合わせるのは良いかもしれないけど、これまで自分で研究した結果をみると消毒効果に有意差はありません。むしろアルコール擦式手指消毒製剤は、もともとのアルコールには消毒効果に持続性があるわけではないですが、繰り返し使用することにより手指に残存する細菌数を減らすことによって、結果として持続性と同じ効果を得ることができる点で単剤でも優れていると考えています。

Q6.

適切な手指衛生を、習慣化することが重要ですが、米国では子供に対する手洗い教育もしっかりされているのでしょうか。日本の医療施設で用いている手洗いの洗い残しを目で確認する教育ツール(紫外線ランプを利用したキット)は、米国では幼稚園での手洗い教育に使用していると聞いたことがあります。また、看護学生や医学生への手洗い教育は大学で何時間くらいをかけているのでしょうか。

Larson先生:

医学生や看護学生には手指衛生の教育が実際には適切にされていない現状があります。というのは、教育ツールなどは使っていたとしても、標準化はされていないため、手洗いについての系統的な学習がされているかは教員の裁量に任されているからです。小学生には手指衛生の教育を実施し、重要性について頑張って教えられています。

以前は手洗いが重要なことはわかっていても、洗うべき時に洗っていないのは「教育の問題ではない」と言われていた時期もありました。今は「やはり教育の問題である」と、見直しがされています。また、子供のときから一般的に覚える手洗いと医療現場で行う手洗いはまったく別なので、医療現場での手洗いを正しく教育することが重要です。実際には、ローテクであまりにも基本的なことなので、手洗いが適切にできていますかと言うのはいやみに聞こえたりすると思いますが、医療現場での手洗いをきっちり覚えていきましょうということの重要性を見直しています。

手洗いに関する介入を私が行っているある施設では、新しいスタッフが入れば最初の患者さんに触れる前に、適切に手洗いができるか試験あるいは確認をして、正しい手洗いができると確認された人だけが患者さんに触れることができます。

Q7.

手荒れは「Hand Hygiene」の適切な実施に影響を与えていると考えられますが、手荒れ対策に有効な「Hand Hygiene」製剤の選択についてお聞かせください。

Larson先生:

NICUで実施した研究で、手荒れしているナースがアルコール擦式手指消毒剤を使うほどに手荒れが改善したことがありました。手指衛生に使っていた製剤はエモリエント成分が入っているものでした。保湿剤がはいっているものを選ぶのがよいでしょう。必ずしもハンドローションを使わなくて済み、ハンドローションの使用量が減っているという実態がみられました。人によって、アレルギーなどでアルコール擦式手指消毒剤を使えない場合などは別の製剤を試してみることも必要です。CHGとアルコール擦式手指消毒剤を比較した場合に、CHGはハンドローションで中和されることがあるのでCHGを含有した製剤による頻回の手指衛生には注意が必要です。

Q8.

手荒れがひどい場合のスキンケアについて、どのような対応があるかお聞かせください。日本では、感染管理認定看護師と皮膚科医が協働し、医療施設内に職員対象に相談外来を設置している施設もあります。皮膚科医がいない施設では、スキンケアの専門知識を有する皮膚排泄ケア と協働して対応している場合があります。

Larson先生:

米国で、ひどい手荒れで、いろいろなことを試したがだめだった場合に、仕事を変わった場合もあります。手荒れは医療従事者と患者の双方にとって大きなリスクになるのでやむを得ないかもしれません。しかし、アルコール擦式手指消毒剤が原因でひどい手荒れを生じることはあまり経験がありません。アルコール分解酵素が関係しているのかもしれないので、今後研究してみる価値があるかもしれません。イスラム教ではアルコールは触れてもいけないため、過去はアルコール擦式手指消毒剤を使えませんでした。最近、ようやく医療用アルコールには触れてもいいと変わって、アルコール擦式手指消毒剤が使用可能になりました。第一選択肢であるアルコール擦式手指消毒剤ですが、クリアしなければ使用できない課題はほかにもあるでしょう。

Q9.

医療従事者の手指衛生を改善する方策として、製品の使用量を測定したり、耐性菌の検出状況を定期的にフィードバックしたりするなどしています。手指衛生の効果をどのように医療従事者にフィードバックするか、医療従事者への動機付けの方法はありますか。

Larson先生:

手洗いの改善は、個人だけが頑張るのではなく、組織としてきっちり取り組むことが必要です。

例えば病棟などで、そのユニットのリーダ、あるいは影響力がある人をみつけ、その人から発信してカルチャーを変えていくという取り組みが、地道で時間がかかるけれどベストなアプローチだと思います。

「手指衛生は感染管理担当者がやっていればいい」と皆がなんとなく思っている段階から、「手指衛生は私の仕事」と思うよう認識を変えることや、どのように手洗いによって患者を感染の危険から守るか考えるなど、カルチャーの改善を組織的に取り組む活動が大事です。手洗いはすべての医療従事者にとって重要不可欠な仕事の一つです。

ご執筆いただいたのは・・・

洪 愛子 氏

社団法人日本看護協会 常任理事

1996年1月まで大阪大学医学部附属病院勤務、その後 (株)ジョンソン・エンド・ジョンソン勤務(プロフェッショナルエデュケーション)のかたわら米国にて感染管理研修(APIC Basic,Practical,Advanced course他)を修了。
2000年4月から日本看護協会 看護教育・研究センター 感染管理認定看護師教育専門課程 専任教員、2005年4月から、日本看護協会 認定部部長。2009年6月から現職、日本看護協会 常任理事。1995年3月大阪市立大学経済学部卒業、2000年3月東京医科歯科大学大学院医学系研究科前期博士課程修了(看護学専攻)、2004年3月同大学院医歯学総合研究科博士課程修了(医療政策学分野 医療管理学 専攻)。

社団法人日本看護協会 常任理事 洪 愛子 さん